全国のアイスホッケーファンたち、そしてアイスホッケープレイヤーたちは、この数年間飢えていました。
なぜなら、過去2回のオリンピック、すなわち2018平昌オリンピック、2022北京オリンピックでは、世界最高峰のアイスホッケーリーグであるNHLの選手たちが参加を許されていなかったからです。
しかし、2026年2月のミラノ・コルティナ五輪(男子アイスホッケー)で、NHL選手がついに正式復帰し、ベスト・オブ・ベストの国別大会が現実になります。
この記事では、なぜ過去2大会でNHL選手たちが出場できなかったのかを解説していきます。
▼NHLについて知りたい方はこちらをどうぞ
冬季五輪×NHLの歴史

Picture by Allsport Hulton/Archive
冬季オリンピックに男子アイスホッケー競技が正式追加されたのは、なんと1920年まで遡ります。
(ちなみに、女子アイスホッケー競技が冬季オリンピックに正式追加されたのは1998年長野五輪から。)
そして世界最高峰アイスホッケーリーグのNHLが設立されたのは1917年。
では、遠い昔からNHL選手が冬季オリンピックに参加していたかというと、そうではありません。
NHL選手が本格的に冬季オリンピックに出場し始めたのは、1998年長野オリンピックからなのです。

意外と最近なんだね…

そこから、
2002年ソルトレイクオリンピック
2006年トリノオリンピック
2010年バンクーバーオリンピック
2014年ソチオリンピック
と、NHLスターが揃い、アイスホッケーファンたちは大熱狂。
中でも2010年バンクーバーオリンピックの決勝戦 カナダvsアメリカの試合は、今でも語り継がれる超絶アツい熱戦でした。
世界のアイスホッケー界の歴史に大きな名を刻んでいる現役レジェンドNHL選手であるSidney Crosby。
当時22歳と超若手でありながら、元カナダの熱い声援に囲まれたこのアリーナで、ライバルのアメリカ相手に延長戦での値千金のサヨナラゴールを決めたのです。

こりゃカナダ国民からしたら一生の思い出だろうなぁ…。
その4年後、状態はガラリと変わり、2018年平昌オリンピック、そして2022年北京オリンピックではNHL選手の参戦が叶いませんでした。
2018年平昌オリンピック:国際オリンピック委員会(IOC)とNHLの対立

2018年平昌オリンピックでNHL選手が出場できなかった主な理由は、国際オリンピック委員会(IOC)とNHLの間での、負担と利益の不一致にあります。
IOCが突きつけた「旅費・保険料は払わない」の通告
これまで国際オリンピック委員会(IOC)が負担していた選手の渡航費や保険料(約1,000万〜2,000万ドル規模:日本円で約11億円〜22億円)を、IOC側が「他のプロ競技との公平性」を理由に拒否しました。

今まで払っていた選手の渡航費と保険代、今回から自分たちで払ってね。
他の競技との公平性のためだよ

今まで払っていた選手の渡航費と保険代、今回から自分たちで払ってね。他の競技との公平性のためだよ。

えぇ!?
俺らの大事な選手を派遣するんだよ!?
俺らのチームの大事な選手たちが怪我したら、俺らにとっては大損失だよ?
チームは弱くなるかもしれないし、チケット・グッズ収入が減るかもしれないし…。

非営利の国際競技連盟、例えばスキーやスケートに対しては、競技普及のために収益の90%以上を還元しているさ。
NBAバスケ選手に対してだって、保険料を全額負担していない。
でもNHLくんは営利企業だろ?
そんな営利企業を公金で支援することは、世界中の他のアスリートに対して説明がつかないんだ。

そんな…。
世界中のアイスホッケーファンや、NHL選手たち自身が、NHL選手のオリンピック参戦を希望していたのは明白でしたが、IOCの言い分もわかります。
ここでNHL選手を特別扱いして費用を負担すれば、同じようにシーズン中にいろいろなものを犠牲にしてオリンピックに参戦しているテニス、ゴルフ、NBA(バスケ)などの他スポーツ業界からも費用負担を要求されることが目に見えておりました。
国際アイスホッケー連盟(IIHF)の男気
そこに救いの手を差し伸べようと現れたのが国際アイスホッケー連盟(IIHF)です。

わかった。その費用(11億円)俺が肩代わりするわ。
それで良いよな?IOC側もNHL側もこれでWin-Winじゃないか?
世界のアイスホッケーの発展のために、俺が身銭を切れば良いんだ。
IIHFかっこいい!
非常に素晴らしい妥協点のように思えます。
しかし…

いやいやダメだって(笑)
本来ホッケーの草の根活動に使われるべき大切な資金を、プロ球団のオーナーたちのリスク回避のために使うなんて、本末転倒じゃないか。
………。どこまでも空気の読めない奴め…。
でもIIHFは何も言い返せません。
さらにはNHLも。

その資金は本来、世界中の子供たちのホッケー教育や普及(草の根)に使われるべき公的な予算だ。
オリンピックという一大会のために、ホッケーの将来を作るための予算が削られるのは健全ではない。(キリッ)
いやなんやねん!!!
お前もそっち側かい!!!
NHLの本音と堅いIOC、交渉決裂。
しかし、NHLの本音は以下のようなものでした。

いやまぁ1シーズンに5000億円稼いでいるから、まぁ別に11億円なんて払おうと思えば払えるけどね(笑)
たださぁ、五輪の映像やロゴを、自分たちのビジネス(SNSや中継)で使える権利ちょうだいよ!
オリンピックに選手派遣するんだから、その試合映像とかこっちで放送したいよ?それでちょっとは儲けさせてよ〜〜お願い♡

ダメだ。
NHLにだけ特別待遇なんてできない。

チェッ。ケチだなぁ。1円も出さないくせに。
ただなぁ、平昌(韓国)で試合が行われる時間って、ちょうど俺ら北米では夜中だし、オリンピックのためにシーズンを2〜3週間中断しなきゃないのもなぁ…。
どっちにしろビジネスとしては微妙だよなぁ。
ふーんだ。俺らの最高の選手たちは貸せないよーだ。

ま、まぁ別にNHL選手が不参加でも、五輪の価値は変わらないさ。

(強がってんじゃねぇよ…。
みんなはNHL選手たちが見たいのを分かっていないのか?)
なんという醜い争い。
別にNHLにとっては費用負担できなくはない金額でしたが、単純に営利企業として損な取引はしたくないのでしょう。
まぁ11億円は腐っても11億円。それ以上に NHLが被るであろう被害もある。
そりゃ渋るのもわかるけどさ…。
IOC側も、NHL選手がオリンピックに出場することが競技振興に大きな影響があるのを認めればいいのに…。
案の定、NHL選手が参戦しないオリンピックの男子アイスホッケー競技は、いまいち盛り上がりに欠けたのでした。
2022年北京オリンピック:NHL選手参加に向けて好発進も…

NHL選手会たちが動き出す
それから2年後、コロナパンデミックで直近のシーズン(2019-20シーズン)が中断されてしまった後の2020年7月。
まず最初に動き出したのは、2018年平昌五輪に参戦できなかった不満を募らせた、NHL選手会(NHL Player Association:NHLPA)でした。

(NHL選手会)
おい!NHL、しっかりしてくれ!!
2018平昌オリンピック、マジで出たかったのに…!
俺らの気持ちを蔑ろにしやがって..。
いいか?
コロナで中断されたNHLを、再開させるためならいくらでも協力したい。
でも1つだけ条件がある。
絶対に俺らを次に冬季オリンピック2大会(2022北京・2026ミラノ・コルティナ)に出場させてくれ!
じゃないと、俺らは労使協定(CBA)にサインしないからな。
NHL選手会は、コロナパンデミック状況下で、NHLとの間での契約である労使協定(CBA)というものを上手い具合に交渉のカードとして活用し、冬季オリンピックへの出場を約束するようにNHLに迫りました。

……わかった。
この厳しい時期を共に乗り越えるためだ。
労使協定に『オリンピック参加』の項目を加えよう。
ただし、これはIOCやIIHFと納得できる条件で交渉が成立することが前提だぞ。

(NHL選手会)
ありがとう。
国を背負って戦うのが俺たちの夢なんだ。
あとは、IOCとの交渉、頑張ってくれよ…!
このように、NHL選手が2022年北京オリンピックに出場するための良いスタートが切れたのでした。
IOC・NHL・IIHFによる落ち着いた交渉
その1年後の2021年夏。
IIHFもNHL選手のオリンピック参戦を全力で味方してくれました。

IOC、相変わらず『旅費や保険は出さない』って言っているみたいだよ…。
でも、俺は平昌オリンピックの時のような悲劇を繰り返したくない。旅費と選手の保険料は、我々IIHFがなんとかIOCを説得して、全額支払うよ。

それは助かる。
でも、コロナのリスクは誰が取るんだ?
もし北京で陽性になって、選手が所属NHLチームの試合に出られなくなったら?
その分の年俸をどう補填する?

コロナ関連の給与補填のために、500万ドル(7億円)の基金を新しく作る。
あと、NHLくんが自分のところで五輪の映像や写真を使える権利も、少し広げるようにIOCに掛け合ってみるよ!

ありがとう(泣)

NHL、NHL選手会(NHLPA)、IIHFの3団体による合意の様子。
そんな最高な状態で、遂にIOCとの交渉へ。

おまえさんたちよ、この前は悪かった。強がりすぎてしまった。

!!!!!!!!!!

!!!!!!!!!!

『渡航費と保険料』はIIHFが負担する?
NHLのプラットフォームでオリンピックの映像や写真を使う?
……………..。
まぁ競技振興のためだと思えば、しょうがない。
平昌でNHLがいないホッケーがいかに寂しいか、我々も痛感した。
限定的ではあるが、できる限り歓迎しよう。

やったぁ!!!

ありがとう(泣)
この交渉は、NHL選手のいないオリンピックに寂しさを覚えたIOCの譲歩により、驚くほどスムーズに進みました。

中国政府とも協力して、選手専用のチャーター機を用意する!
リンクのサイズもNHL仕様の『狭いリンク』に改造することを約束する!

助かるぜ!最後に1つ…。
もしコロナの感染爆発で我々のシーズン日程がめちゃくちゃになったら、直前でもNHL選手の参加を辞退できる『中止権』を契約に入れてくれ。
流石に最悪の事態は防ぎたいんだ。
これが飲めないならサインはできない。

しょうがない………………..。パンデミックの状況は予測不能だ。
その『辞退条項』も認めよう。
2021年9月3日、これで全員合意だ。
北京で最高の『ベスト・オブ・ベスト』を見せてくれ!

ありがとう!最高だよ!
しかし…
2021年9月の正式合意から3ヶ月。
アイスホッケー界はかつてない高揚感に包まれていました。
各国が代表候補を発表し、ファンはConnor McDavid(NHL・Edmonton Oilers)やAuston Matthews(NHL・Tronto Maple Leafs) などNHLの超スター選手が初めて五輪の氷に立つ姿を夢見ていました。
しかし、2021年12月に入り、NHLは通常通りにシーズンの試合を進めつつ、北京五輪を目前に控える中で事態は急転します。

まずいことになった……。
オミクロン株の感染爆発が止まらない。
昨日だけで3チームが活動停止、延期試合はすでに30を超えた。
このままではレギュラーシーズンが予定通りに終わらないぞ…!!!

(NHL選手会)
選手たちの間でも不安が広がっている…!
もし北京で陽性になったら、現地の法律で『最長5週間の隔離』になる可能性があるって本当か?
そんなことになったら、五輪後に自分のチームに戻ってプレーできなくなってしまう……!
この時、NHLでも試合が度々延期となり、遂に合計50試合が延期となる事態に。
2月に北京オリンピックのために設けていた『オリンピック休み』の3週間の間に、その延期分の試合を消化するしか選択肢がありませんでした。

……他に方法はないのか?
選手たちも、中国側も、ギリギリまで準備してきたんだ…!

世界中のファンが、12年ぶりの『最強の戦い』を待っている。
なんとか調整できないのか!?

俺だって悔しいさ!!
しかし、このまま強行すればリーグの破綻を招く。
9月の合意に盛り込んだ『不参加を選択できる辞退条項』を行使せざるを得ない
選手たちの安全と、NHLというビジネスを守るために…。
2021年12月22日、NHLは正式に「北京五輪不参加」を発表しました。
それは政治的な駆け引きではなく、ウイルスという圧倒的な現実の前に、全員が膝を屈した瞬間でした。
まとめ
2018年の平昌の時は「お金と権利」が理由でドロドロの交渉でしたが、2022年の北京は「パンデミック」という抗えない災害による強制終了でした。
- 50試合以上の延期: 五輪期間を予備日程として使わざるを得なくなった。
- 中国の厳格な隔離(5週間): 選手のキャリアと年俸に直結するリスクだった。
- 辞退条項の発動: 9月に「もしもの時の逃げ道」を作っていたことが、皮肉にも現実となってしまいました。
こうして、2014年ソチ五輪を最後に、NHL選手は2大会連続で五輪の舞台から姿を消すことになったのです。
2026年ミラノ・コルティナオリンピックでは?
では、今年行われている2026ミラノ・コルティナ五輪では、NHL選手は参戦できているのでしょうか?
その答えはYESです。
12年ぶりにNHL選手がオリンピックの舞台に帰ってきたので、全世界中のアイスホッケーファンが大興奮。
そのことについてはこちらの記事で解説しておりますので、続きをご覧ください!!
▼NHLについて詳しく知りたい方はこちらを是非
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